日比谷公園は歴史の宝庫だった?伊達政宗終焉の地や日比谷見附など見所満載!

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最近は多摩の山城だらけでしたが、今回はうってかわり都心です。しかも、舞台は「日比谷公園」です。公園と歴史ってなかなか結びつかないかもしれませんが、よく考えてみてください。都心の公園ってもともとなんだったんでしょうか?だって、地価が高い一等地にこんな緑地スペースがあるってことは、「昔から人が住んでいなかった」か「誰かがこの土地をまるごと所有していた」としか考えられないと思うのが妥当ですよね?

 

そう、実は東京も大阪もそうなんですが、大都市圏のしかも中心にある公園というのはだいたい歴史的に「有力者がその土地を所有していたケース」が多いんです。日比谷公園も例に違わず、なんです。では、日比谷公園とはなんなのか。

 

日比谷公園の隣には何がありますか?そう、「皇居」です。つまり、「江戸城」です。実は、この日比谷公園はちょうど江戸城の外門に位置しており、江戸時代にはこのあたりに名だたる藩主の大名屋敷がずらーーーっとならんでいた場所なんです。上屋敷街ですね。つまり、この地日比谷公園にはよーく目を凝らすといたるところに歴史の足跡が発見できるんです。さっそく、見ていきましょう!




伊達政宗終焉の地


まずは誰もが知る奥州の覇者「伊達政宗」です。現在の日比谷公園内に初代仙台藩主である伊達政宗の大名屋敷がありました。そして、伊達政宗はその江戸屋敷にて人生の幕を下ろします。享年70歳のことでした。その後、伊達政宗の遺体は大名行列のまま仙台へと戻ることとなります。驚くことに、家臣15名も政宗のあとをおって殉職しているんですよ。

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説明書

場所は東京メトロ日比谷駅を出てすぐの場所にあります。2016年に設置されたものなので比較的新しいです。日比谷公園を歩いてるとふと見つけられる歴史なので、ぜひ足を止めて悠久の時を感じてみてください。



日比谷見附跡


これは意外と知ってる人が少ないんですが、「見附」ってなんだか知ってますか?「赤坂見附」が圧倒的に有名なので、「駅名」とか「地名」っていうのが一般的なイメージだと思うんですがそもそも見附とは「城の外郭に設けられた警備のための城門」のことで、江戸城の見附は全部で「36」あるんです。赤坂見附も「赤坂に設置された見附」という意味です。なので、36個ある見附のうちの一つが「赤坂見附」ということなんです。

 

そして、日比谷公園にはその見附の一つである「日比谷見附」があります。それが、こちら!

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日比谷見附跡

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説明書

これはなんとなーく石垣もあるので見附っぽさかが感じられますよね。説明書は古くなってしまっていますが、日比谷公園を歩いているといきなり石垣があらわれて、「なんだこれは?」ってなりますよ。かなり、江戸城に近い見附ですね、これは。

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日比谷ミッドタウン

日比谷公園でそんな江戸時代の歴史を感じながらふと空を見上げると、新しくできた「日比谷ミッドタウン」を拝めることができます。歴史の新旧の対比、それを感じることができるのがまさに日比谷公園なんです。日比谷公園に来る機会があれば、ぜひ新旧の歴史を感じ取ってみてください。




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