頑固一徹の意味とその語源となった男、「稲葉良通(稲葉一鉄)」を紹介

greenfield

日本を代表する漫画の一つに「巨人の星」があります。主人公である星雄馬は幼少期、父親から過酷な訓練を受けます。このちゃぶ台をひっくり返すイメージが強い(実際は2回しかひっくりかえしてませんが笑)父親こそが、星一徹です。この一徹は漫画を通して男らしい頑固者として描かれますが、この「一徹」という言葉には語源があります。

 

この頑固一徹という言葉、実はある人物、しかも武将が発祥と言われているんです。今回はその人物についてせまります。




 

まずは「頑固一徹」の意味を整理しよう


まずは頭の体操からです。ほいっ。

 

非常にかたくなで、一度決めたらあくまでも自分の考えや態度を変えようとしないさま。また、そういう性質。▽「一徹」はかたくなに思い込み強情に押し通すこと。ほぼ同意の熟語を重ねて語意を強めたもの。

(四字熟語一覧 – goo辞書より)

 

なんと、立派な四字熟語になっちゃってるんです、これ。まぁ文字のごとく「頑な」「固い」ことを表します。それが、頑固です。問題は「一徹」なんです。この一徹こそが、とある人物のことを指しています。その人物とは誰なんでしょうか??

 

一徹とは、稲葉良通(稲葉一徹)のこと


戦国時代、「稲葉良通」という武将がいました。頭を丸めた後の名前を「稲葉一鉄」といい、歴史界では稲葉一鉄という名の方が一般的なので、ここでも稲葉一徹と呼ぶことにします。稲葉一鉄は美濃(今でいう岐阜県)の土豪で、油商人から大名にまで成り上がった「斉藤道三」の下に仕えていました。美濃の中でも有力な武将のため、「美濃三人衆」の一人としても知られています。

 

斉藤道三が息子の斉藤義龍に討たれた後は、織田信長に味方をし、織田信長が斉藤家を討ち果たします。その後は織田家武将として各地を転戦するわけですが、そのあたりから頑固一鉄エピソードが発動するわけです。一番有名なエピソードとしては

 

  • 稲葉一鉄が戦で活躍したので、褒美として信長から「信」の一字を授けようと言われた時、その申し出を躊躇なく断った(自分はたいしたことをしてないので、その褒美は徳川家康にあげてくだせぇ、とつっぱねた)

 

というものがあります。これ、実はとんでもなくすごいことなんです。褒美を謙遜するのはありきたりなんですが、「名前をくれてやる」というのは、まず断ることのできない申し出です。その申し出を受けないということは、名前をくれてやる、と言った人を拒否することになりますから。しかも相手は織田信長です。首をはねられる可能性もあったでしょう。

 

織田信長に対しても自分の意見を決して曲げず、逆を言えば言いなりに決してならなかったようです。織田信長から裏切りの疑いを持たれた際も、自分の身の潔白を説き続け、ついには不問となったというエピソードもあります。このことから、「例え相手が誰であれ、自分の思ったことは貫きとおす。そして、最後まで意見を変えない」という性格であったことが伺えます。綺麗な言い方をすると芯が通っている、多少違う目線でみたら「頑固者」と見えるのでしょう。

 

そこから転じて、稲葉一鉄=頑固者、「頑固一徹」という言葉がここに誕生したわけです。ちなみに織田信長亡き後は豊臣秀吉に仕え、天寿を全うします。享年74歳のことでした。




にほんブログ村 歴史ブログへ

You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です