長らく一夫多妻制だった日本、一夫一妻制になったのはいつから?

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「不倫は文化だ」という言葉さえ生まれる日本。今年もゲス不倫等たくさんの不倫騒動がありました。しかしこの不倫という考え方は、いって見れば「一夫一妻制」であるからこそ生まれる考え方ともいえますよね。いまでこそ日本は「一夫一妻制」が当たり前の世の中になってます・・・・が、しかし!日本は「一夫一妻制」より「一夫多妻制」の方が圧倒的に長い歴史を持っているんです。

 

今回はそこのところを見ていきたいと思います。・・・別に不倫を支持しているわけではないのであしからず笑

 

日本の一夫多妻制


先述しましたが、日本はながーい間一夫多妻制でした。有名人を例に見てみましょう。

 

  • 徳川家康→正室1人/側室20人
  • 豊臣秀吉→正室1人/側室13人
  • 織田信長→正室1人/側室5人

 

と、まぁかなりの数です。さすが、偉人はやり手ですね。真田丸で一躍有名になった真田雪村もドラマ中で正室と側室のバトルが幾度と無く繰り広げられてきましたよね。あくまでもこれは戦国時代の一例ですが、分かりやすい有名人をたとえに出したに過ぎず、他の時代にもわんさかいます。

 

ちなみに、ここででてくるポイントは「正室」「側室」という言葉。正室とはいってみればファースト婦人であり、妻のランク付けの中で一番上位に位置すると思っていただければけっこうだと思います。正室も側室も日本の一夫多妻制におけるちゃんとした制度概念なんです。ではこの日本の一夫多妻制はいつまで続いていたのでしょうか??

 

日本の一夫一妻制のはじまり


日本における一夫一妻制の流れを作ったのはキリスト教でした。キリスト教では貞操観念が非常に重要視されます。くだいた表現をすると、男女のあり方みたいなものを説いています。キリスト教が日本に入って生きたのは1549年、戦国時代です。その頃の日本がガチガチの一夫多妻制です。先ほどの徳川家康や豊臣秀吉の例をみてもそうですよね。じゃあいつからか???

 

それは、日本が西洋文化を積極的に取り入れ、西洋に学べ追い越せ。いわゆる「脱亜入欧」が叫ばれる時代です。そう、明治時代です。明治維新はいわば日本の開国。そして欧米文化を積極的に取り入れ、富国強兵を実現にはかることが根本にあります。それと同時に、本格的に「一夫一妻制」も導入にかかったわけです。日本を強くするためには、文化から正さねばならない、といった具合ですね。

 

皇室の導入をきっかけに浸透


それは皇室にまで及びます。皇室は古くから側室を置くというのが伝統的な慣わしでした。しかし、大正天皇以後は側室制度は廃止となり、それをきっかけとして庶民にまで浸透しました。なので、実は日本の一夫一妻制の歴史はここ100年程度のお話なんです。一夫多妻制から比較すると、圧倒的にその歴史は短いというわけです。

 

今では一夫多妻制は当たり前ですが、歴史からみたら、全然当たり前じゃないんです。つまり、当たり前のものを当たり前として捉えるのではなく、なぜそうなったかの背景こそが一番大事であり、その時々の歴史にあわせた処方箋が必要だということがここでわかりますよね。・・・と別にだからといって不倫大賛成!というわけではないので、ここもあしからず笑

 

年末なのでこれ買っちゃいました。味をなめてましたが、かなーり完成度高いですね。これも欧米文化のおかげですな!!

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