日本という国名はいつから使われたのか?その由来にせまる

当たり前のことですが、我々が住んでいるこの国はJapan、「日本」ですよね。これ、まず大人で知らない人はいません。いや、子供もか。

では、この「日本」という国名はいつから使われ始めたのでしょうか??これはなかなか知っている人は少ないんじゃないでしょうか。せめて、自分の国の成り立ちは知っておいても損はありません。

ということで、日本の国名の由来にせまります。




 

そもそも日本はなんと言われていたか?


日本という国名が成立する前は、「倭」と呼ばれていました。「倭国」とか「倭人」とかいろいろな言い方がありますが、総称して「倭」というのが日本の指す言葉でした。

これは、昔の日本人が自分たちのことを「倭」と表現していたわけではなく、中国や朝鮮などの大陸の人々が日本列島の強力勢力を「倭」と呼んでいたんです。なので、自分たちの国として「倭」を使用していたわけじゃありませんでした。

ちなみに、今では当たり前となっている「和式」の「和」ですが、これは「倭」から転じた言葉なんですよ。

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整理しましょう。「倭」というのは、外国から日本を見たときの呼び方であり、日本人が自分たちの国をそう呼んでたわけではありません。では、自分たちの国のことを「日本」と呼び始めたのはいつ頃なんでしょうか??

 

では「日本」と呼び始めたのは??


これは、おおよそのことが分かっています。「日本」という言葉を最初に「国号」として使い始めたのは第40第天皇の「天武天皇(在位期間:673年3月20日~686年10月1日)」だと言われています。

この人は「大海人皇子」の名前の方が有名かもしれませんね。「大化の改新(645年)」を起こした中大兄皇子(天智天皇)の実弟であり、「壬申の乱(672年)」で仏教派の大友皇子と戦い、勝った人物としても知られています。

天武天皇はこのころ急速に力をつけつつあった仏教について、仏教だけではなく土着の神や神道も大事にし、文化保護に努めた人物でもあるんです。

壬申の乱で大友皇子に勝利した後、彼は外国から強力な独立力を保つために、「国」という概念を強く意識し始めます。そこで考えたのが「日本」でした。

これは、中国から見たときに、日が昇る方角にあるのが倭であるため、日の本の国、という意味である日本としたというわけです。

 

そして日本は正式名称へ


天武天皇は強力な天皇制を構築し、各種制度や仕組みを組み立てはじめます。

その過程の中で、689年の「飛鳥浄御原令」から701年の「大宝律令」の制定において、国号としての表記を「日本」としたというのが一般的な定説となっています。

飛鳥浄御原令も大宝律令も詳しく知る必要は全く無いですが、どちらも「律令制」です。つまり、中国から輸入した法体制や社会制度の仕組みのことです。その中で、国としての在り方や形を定めるうえで、「国号」という考えに基づき、「日本」という国名を制定したと考えることができます。

 

そう、日本という言葉は意外にも古いんです。そして、昔は国名すらなく、「倭」と呼ばれれていた。今はあたりまえに国名はあるものと思っている人が大多数ですが、国名というシステム自体、画期的なことだったんですよ。




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