紅白歌合戦や運動会、旗揚げゲームはなぜ赤と白なのか?

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いきなりですが、「赤」と「白」に分かれて何かを競うものが日本に多いと思いませんか?例えば!年末恒例の「紅白歌合戦」なんでもろにそうですよね。文字こそ「紅」ですが、赤と白に分かれて競います。運動会なんてのも正にそうですよね。赤組と白組に分かれて競技します。体育の帽子はだいたい赤と白ですしね。いや~懐かしい。こちらは競技ではありませんが、「旗揚げゲーム」もそうですよね。「赤揚げて、白下げて」ですから。

 

さて、ここで一つ疑問に思いませんか?なぜ「赤」と「白」なんでしょうか??だって、「白」の対極って「黒」ですよね?実は、この「赤と白」というのは日本の歴史に深く関係しているんです。しかも、皆さんが一度は聞いたことある名前だと思います。その赤と白の由来について解説したいと思います。




 

色の由来は源平合戦にある


「源平合戦」って聞いたことあるでしょうか?簡単にいうと、侍集団である「源氏」と「平氏」が自らの覇権をかけて日本全土で争ったことを指します。12世紀後半のことですね。源氏の有名人といえば、鎌倉幕府を樹立した「源頼朝」やその弟である「源義経」なんかが有名ですね。私のサイトでも、源氏にフューチャリングした記事を書いてますので、ご参考にどうぞ。

<当サイトの源氏の記事>

 

また平氏の有名人といえば、なんといっても「平清盛」ですね。大河ドラマにもなりました。神戸に港を開いたりしたことでも有名です。「平将門」なんかも有名ですね。この源平合戦は、一度は平清盛が源氏をおさえて平氏の天下をとりましたが、その後じょじょに源氏に勢力を拡大され、最終的には源頼朝が鎌倉幕府をひらいたことにより、源氏の天下で幕を下ろすこととなります。

 

では、源平合戦と赤と白、どう関係があるのでしょうか??そのお話をします。

 

源氏は白旗、平氏は赤旗


合戦を行うときは、敵味方の区別を行うためや自らの一族を表すために「軍旗」を使用します。その軍旗には大抵は「家紋」が描かれます。北条家であれば「三つ鱗」、織田家でいえば「織田木瓜」、徳川家でいえば「三つ葉葵」といった感じですね。

 

源平合戦以降は、だんだんと「源○○」といった名前や「平○○」といった名前が普通の苗字の混ざり、それぞれの家の家紋を使うようになりましたが、源平合戦の時代は「源○○」や「平○○」という名前がたくさんいました。そのため、家紋分岐はその後の時代ほど多くありませんでした。また、全国の武士が源氏と平家に分かれて戦っていたため、そのどちらの陣営かをはっきり区別するため、源氏側の武将は「赤旗」を平氏側の武将は「白旗」を掲げ、どちらの陣営に属するかをはっきりさせるようになりました。

 

そこから転じて、二つの陣営に分かれて勝負事をする時は「赤」と「白」に分かれて競技をする風習が日本に根付きました。それが現在の紅白歌合戦や運動会の赤組白組へと脈々と受け継がれているわけです。

 

なので、「黒と白」ではだめで「赤と白」でなくてはいけないんです。これが、赤と白の由来です。私が挙げたのは赤と白のほんの一部の例ですが、よく見てみると赤と白で分けられているものがたくさんみつかるかもしれませんよ?




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