誇るべき日本の文化!あのルイヴィトンのモノグラムは家紋を模範としている事実
「ルイヴィトン」といえばもはや知らぬ人がいないワールドワイドなフランスの高級ブランドですよね。日本人も大好きルイヴィトン。バブルの時代はパリのヴィトンのお店に日本人が集り、大量に買って帰る光景がありました。いいな、すげぃ。
さて、このルイヴィトンといえば特徴的なのがなんといってもその「デザイン」ですよね。不思議なデザインマークが施されていますが、逆にそれゆえに誰が見ても「あっ、ヴィトンだ!!」と分かるわけです。
そしてそして、このヴィトンのデザインマークは日本人とはめちゃくちゃ親和性が高いんです。なぜか??知っている人は知っている話ですが、このヴィトンのデザインというのは日本の家紋をモチーフとしているからです。そんな、ヴィトンと家紋の関係性について解説します。
ヴィトンと家紋の出会い
ヴィトンと家紋との出会いは今から100年以上も前に溯ります。二つの出会い、それは日本では江戸時代が終わり、明治時代がはじまったばかりの頃の1878年でした。この時何があったかというと「パリの万国博覧会」が開催された年だったんです。よく万博とか言ったりしますよね、それです。日本は明治時代になり、世界に積極的に参加し、追いつけ追い越せの時代だったのでパリの万国博覧会でも「日本とはこういう国・文化があるんだぞ!!」というのを見せたかったわけです。
フランス人を中心としたヨーロッパの人々はそのパリ万博で見たこともない東洋の島国の文化を目の当たりにし、驚愕します。そりゃそうですよね、ネットも無い世界において、いきなり全く異なる文化のものを目の当たりにするんですから。そこで日本が出展していたのが日本の伝統工芸品や日本庭園等、日本では当たり前に身近に存在するものでした。しかしながらヨーロッパの人々はその日本の繊細で美しい文化に心を奪われます。それが、「ジャポニズム」という言葉をうみ、日本ブームのさきがけとなったんです。
そのジャポニズム旋風が吹き荒れる中、ヴィトンと家紋が出会います。それが、ルイ・ヴィトンの2代目である「ジョルジュ・ヴィトン」という人物です。ジョルジュ・ヴィトンは繊細な日本の家紋デザインや文化に感化され、それを自社製品に取り入れます。ヴィトンの「モノグラム」と「ダミエ」の誕生の瞬間でした。
日本の影響を受けたモノグラムとダミエ
モノグラムといえばヴィトンの象徴ともいえますよね。
家紋をモチーフとしてみると、余計家紋っぽく見えてきますよね。なんとなく手裏剣っぽいのもありますし。「鷹の羽」の家紋とか、ちょいと似ている感じしませんか?九州の武門一族である「菊池家」の家紋ですね。
鷹の羽の家紋
ちなみに若者に人気の「ダミエ」。これも、ジャポニズムの影響を受けているんです。なにがモチーフになってるか分かりますか??
実はこれ、日本の伝統模様である「市松模様」がモチーフとなっているんです。
市松模様
よくよく見てみれば、市松模様そのまんまですよね笑 ですが、そこに眼をつけ、洗練されたデザインにまで昇華されたヴィトンはさすがです。日本人には当たり前のものというのは、なかなか日本人は普段生活していて気付かないものです。外から見るがゆえに見えるものもまたあるのだと思います。
日本人とヴィトンの親和性が高い理由、お分かりいただけたでしょうか??これを知っておけば、また違う角度からヴィトンを見ることができますよ。
違い鷹の羽の紋は、菊地家菊地氏の家紋なんですか。
実は我が家も違い鷹の羽紋なんです。
結構一般的な紋なんで、代表が菊地家とは、知りませんでした。
一説に、菊地姓とは文献上最も古い姓だとか。
そう、魏氏倭人伝に出てくる、クコチヒクは、菊地彦ではないかと云う根拠なんだそうですね。
それで、
お願いですが、九州の菊地家の歴史を、年代を添えて教えてください。
魏氏倭人伝の頃のクコチヒクと繋がっている武家なんですか?