日本で初めてラーメンを食べたのはあの水戸黄門??

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みなさん、いきなりですがラーメン好きですか???ラーメン嫌いって人はあんま聞いたことないですよね。今では日本文化ともいえるラーメン、外国人観光客もこぞってラーメンを食べた姿を目にしたこともあるはずです。

ですが、ラーメンは元々中国から輸入されたものです。うどんやそばに対して中華麺なんて言い方もしますよね。今の日本のラーメンは日本式中華麺とも表現できるかもしれません。

では、この中国から輸入したラーメンを初めて国内で食べた日本人はだれなんでしょうか??歴史界では有名な話ですが、この人が初めてなんじゃないか、という有名人がいます。もちろん、諸説ありますが、ここでは有名な説をご紹介します。




 

ズバリ、水戸黄門様である


はい、のっけから答えを言ってしまいます!実は、「この印籠が目に入らぬか!」でおなじみの水戸黄門こそが、初めて日本でラーメンを食べた人なんじゃないか、と言われています。火がないところに煙は立たぬ、といいます。

そこで、なぜ水戸黄門が日本で初めてラーメンを食べた人である、と言われるようになったのか説明します。

 

水戸黄門とは徳川光圀のこと


水戸黄門のイメージは知っていても、一体何者なのか知らない人が多いと思うので、軽く説明を。水戸黄門は本名を「徳川光圀」と言います。そう、徳川家です。徳川家康は本家断絶防止のために、分家として「尾張」「紀伊」「水戸」に徳川家の筋を残しました。俗にいう「御三家」ですね。

水戸黄門とは、文字通り御三家のうち「水戸」に属します。しかも、徳川光圀は初代水戸藩主である徳川頼房の子。そして、徳川頼房は徳川家康の十一男なんです。つまり、徳川光圀こと水戸黄門は、徳川家康の孫にあたるんです。そして、水戸藩二代藩でもあります。実は、すごい人なんですよ。

 

では、なぜラーメンを?


はい、本題です。なぜ、水戸黄門がラーメンを日本で初めて食べた人と言われるようになったのでしょうか??こんないわれがあります。水戸黄門は儒学に深く傾倒していました。折しも、長崎に中国から亡命してきた儒学者である「朱舜水(しゅしゅんすい)」という人物がおり、水戸藩に招聘し保護しました。

水戸黄門は様々なものを吸収したがる人でした。もちろん、中国の食文化も。そんな懸命な水戸黄門の姿を見た朱舜水は、様々な中国の事柄を水戸黄門に伝えたといいます。そして、自ら中国より食材を仕入れ、中華料理を披露。その中に今の日本のラーメンの原型といえるラーメンがあったそうです。当時のラーメンはレンコンの澱粉を練り、うどん状にしたものらしかったですよ。水戸黄門は朱舜水から作り方を学び、自ら家臣に振舞ったともいわれています。

まさか、その後ラーメンが日本文化に無くてはならないものになるとはさすがの水戸黄門でも予想だにしていなかったことでしょう。




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