その昔、関東は坂東と呼ばれていた。その名前の由来と理由について解説
関東に住んでいる人向けの内容です。
今では当たり前に「関東地方」や「関東」という言葉を使いますよね。ですが、昔は関東ではなく、「坂東」と言われていたのをご存知でしょうか??関東にある三十三の霊場をまわる「坂東三十三観音」なんていう言葉もあったりしますよね。
ではなぜ、関東はその昔「坂東」と呼ばれていたのでしょうか??その理由と由来を紐解いていきたいと思います。
感が良い人はすぐに分かってしまうでしょう。
まずは恒例、文字を分解してみよう
このサイトの恒例企画です。なんでも分解しちゃいます。
今回は2文字なんでとてつもなくシンプルです。しかも簡単な漢字。
- 坂東→坂と東
終了!これ以上でもこれ以下でも無いですよね。坂と東。つまり、考えられる筋としては、なんらかの坂の東側を「坂東」と呼んだというのがもっとも考えられそうです。
そして、どこからみて「東」か??これはとても簡単です。都があった場所です。つまり、奈良・京都ですね。畿内からみた時に、とある坂から東を「坂東」と呼んだ、これが一番考えられる内容です。ではどこの坂なんでしょうか??
正体はあの有名な坂だ!
今では新幹線や高速で山にトンネルが掘られているので、わざわざ峠の坂を越える、しかも歩いてなんてことはよっぽどのことが無い限りやらなくなりました。箱根マラソンなんかは峠を越えていますが。
坂東の坂の正体、それは昔の人が都から今でいう関東を往来する際に実際に使っていた坂です。関東は山に囲まれていますからね。そして・・・答えは、この二つの坂だっ!!
<坂東の坂の正体>
- 足柄坂(足柄山)
- 碓氷峠(碓氷山)
足柄山はそう、箱根ですよね。先述しましたが、まさに箱根マラソンです。昔の人もあの峠を越えていたんです。つまり、東海道ですね。
そして、碓氷峠といえば軽井沢ですね。群馬県と長野県の境にあり、関東から軽井沢方面へ向かう際に超える峠です。こちらは中山道ですね。
まとめると、足柄坂と碓氷峠より東側を総称して「坂東」と呼んだんです。なかなかよくできてますよね。
では、なぜ坂東は関東になった??
これは非常に簡単です。
峠や坂というのは、物流において非常に重要な点となります。そこで荷駄の検査や関税、はたまた危険人物が入ってこないかのセキュリティーゲートとしての役割を果たしていました。
つまり、です。主要な峠や坂には「関所」が設けられるんです。
足柄峠や碓氷峠も例外ではありません。そこに、「足柄関」と「碓氷関」が設けられます。今でも史跡となってるんですよ。
つまり、その両関の東側のことを「関東」と呼ぶようになったわけです。今ではその関所は主に「空港」に遷移しましたね。国境こそが現代版関所です。時代とともに国境は遷移します。
自分達が住んでいる土地のネーミング、お分かりいただけたでしょうか??峠歩きなどやってみたいものです。
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