東京都青梅市の「青梅」の地名の由来と平将門の関係について簡単に解説

東京都の多摩地方に「青梅市」という町が存在します。多摩川が作った扇状地の扇頂に位置し、よくゆりかもめの駅である「青海(あおみ)」と間違えられることもある青梅です。以前、青海マラソンの出場者が間違えて青梅駅にきて大誤爆をしたことでも話題を呼びました。そんな「青梅」ですが、読み方は「おうめ」と呼び、難読地名にも数えられることもあります。

 

この青梅市は非常におもしろくて、このあたりをとことこ散歩していると、かの「平将門」に由来するものがちらほら見え隠れするんです。そんな青梅の地名の由来と平将門の地名を簡単に解説します。




 

まずは百聞は一見にしかず


まずはこちらをごらんください、どどんっ!!なんと、「将門」という道路標識が。これは奥多摩から青梅に向かう国道411号線にあり、位置的には奥多摩町に属しますが、青梅市にほど近い場所にあります。将門っていったらあの「平将門(~940年)」がまず思い浮かびますよね??この時点で、将門感がでちゃっています。駅でいうと、青梅線の白丸駅と古里駅のちょうど真ん中くらいです。

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少し見づらいのでもう一枚。止まって撮ればよかったのですが、on the carであり青信号だったのでギリギリでパシャリ。

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そして、この信号の横にはなんと、こんなバス停まであるんです!どどんどんっ!!!なんと、将門バス停!!!!

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平将門は下総や常陸を縄張りとしており、平氏一族の争いから関東一円を巻き込む争いに発展し、その機に乗じて国府を襲撃。そして「新皇」と称して関東の一部を独立国家のような扱いをしたことにより、朝敵となります。これを「平将門の乱」といいます。教科書でもでてきましたね。最終的には朝廷側に敗れて討ち死してしまいますが、そんなわけでこの多摩地方に訪れていたとしても特に不思議はありません。



青梅の地名の由来と将門の関係


青梅市に「金剛寺」というお寺があるのですが、実はこのお寺は平将門が開基と言われています。このお寺には「将門誓いの梅」という梅があり、この梅こそ青梅の地名の由来となっている梅なんです。どういうことかと言うとある時、将門がこの地を訪れた際、馬のムチ代わりにしていた梅の枝を地面に突き刺し、こういうわけです。

わが願いがかなわないならば枯れよ

と。すると、見事に根付き、繁茂するわけです。なんか、ちょこちょこ聞くような話ですが、気にしないでおきましょう。さらに、ここからが重要です。この木にはもちろん梅の実がなるわけですが、おかしいことにいつまでたっても熟さずに「青いまま」だったそうです。

 

そこから、「梅がいつまでも青い→青い梅→青梅」という転化を遂げ、地名として定着したというわけです。つまり、平将門と青梅という地名はきってもきれない関係なんです。その片鱗が、バス停の名前であったり、地名として「将門」という名が残っているわけです。

 

ぜひ、梅祭りへ


青梅はその名の通り、梅郷です。そのため、毎年梅祭りが開かれていたのですが、2009年に梅郷の梅に「プラムポックスウイルス」というウイルスが感染したことが確認され、被害拡大やウイルス除去のため、次々と梅郷の梅が伐採されてしまいました。そのため、梅郷の梅祭りは中断を余技なくされてしまいました。私も何回かこの梅祭りにいっていたために非常に残念でしたが、梅郷再生プロジェクトの努力の成果もあり、2017年から3年ぶりに梅祭りが再開されました。

 

まだまだ梅郷は再生段階ですが、ぜひ梅祭り時期に訪れて梅郷の完全復活を応援しましょう。そんな、青梅と平将門にまつわる話でした。




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