あの有名な人物に関係が?御殿場の地名の由来を簡単に解説!

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久々の地名由来シリーズです。今回の地名は静岡県の「御殿場」です!御殿場といえばアウトレットでも有名ですよね。都心からのアクセスも良好のため、関東近辺の方は一度は訪れたことあるのではないでしょうか。

 

さて、この「御殿場」なんですが、意味合い的には「お殿様の場所」ですよね?むしろ、それ以外は考えることができないくらい漢字に縛りがあります。ここでポイントとなってくるのが、「では一体、そのお殿様は誰なのか?そしてなぜ?」ということなんです。

 

というわけで、御殿場の地名の由来を簡単に解説したいと思います。




静岡のお殿様といえば・・・


お殿様を探るにあたり、まずは静岡県のお殿様を考えて見ましょう。静岡県は昔は「駿河」および「遠江」と呼ばれていました。お殿様といえばまず思い浮かべるのが「戦国大名」ですよね。駿河と遠江の戦国大名といえば、やはり源氏の名門である「今川家」ですよね。「織田信長」に「桶狭間の戦い」で敗れた「今川義元」なんかは超絶有名です。

 

ですが、このお殿様は「今川」ではないんです。もっと有名な人物なんですが・・・・・その人物はなんと「徳川家康」なんです!あれっ?徳川家康といえば愛知県の「岡崎」ですよね?「岡崎城」は徳川家康の生地としても有名です。

 

ではなぜ、御殿場と徳川家康が関係するのか?核心にせまっていきます。




家康の終の棲家がヒント


 

家康といえば「江戸城」のイメージが多いと思いますが、もともと江戸の人間ではありません。前述したとおり、岡崎の人間です。しかしながら、小さい頃には今川家の人質でもあったため、もちろん駿河や遠江も馴染みがある場所なんです。そして、家康が彼の息子である「秀忠」に将軍職を譲った後に、隠居先、つまり終の棲家として選んだ場所が「駿府城」だったんです。

 

駿府城は字のごとく、「駿河」の中心地にある城です。つまり、静岡です。では、御殿場とどのような関係があるのでしょうか?もう一歩、近づきますよ。

 

御殿場とは・・・・


御殿場は駿府城より東にあります。つまり、江戸よりですね。家康は終の棲家と定めた駿府城で、その長い戦国人生の幕を閉じます。ここで問題です。家康のお墓はどこにあるでしょうか?いわずもがな、「日光東照宮」ですよね。つまり、「栃木県」です。家康は駿府城で亡くなったのですから、もちろん家康の亡骸を日光東照宮へ運ばなければいけません。

 

運ぶにあたって、高速道路も電車も外灯もない当時は、もちろん夜は運べません。夜はどこかに亡骸を安置しておかなければいけませんよね。そこで、安置する際は仮の「御殿」をつくり、そこに安置したんです。つまり、それこそが「御殿場」なんです!ちなみに、その御殿の位置は御殿場高校そばにある吾妻神社付近だったと言われています。

 

地名に「殿」が付く場合は、だれが偉い人にちなんだ由来である確率が高いんです。御殿場と徳川家康。実は、御殿場のお殿様は、家康だったんですよ。




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