鹿児島名物「かるかん(軽羹)」は島津斉彬とシラス台地が生んだ伝統ある銘菓だった

このサイトでは「身近にあるふとした歴史に楽しみを感じてほしい」というのが根底にあります。何も難しいことや年号を覚えるとかそういうわけではなく、歴史というものをもっと身近に感じると、好奇心や普段の生活がより彩り豊かになるというものです。

 

先日九州旅行をしていたときに、まさにサイトコンセプトに合致するようなものをみつけました。それは、鹿児島名物「かるかん(軽羹)」です!様々な会社がこのかるかんを販売しているのですが、私がお土産に買ってきたのは「本家文旦堂 」のかるかんです。

img_6283

本家文旦堂のかるかん

では、このかるかんにはどんな歴史が含まれるのでしょうか?さっそくご紹介します。あ、ちなみに前回記事の「からし蓮根」も今回のかるかん同様、身近なところから歴史を感じることができるとても良い題材なのでぜひご覧ください。

参考記事:からし蓮根は細川家に由来した薬だった?その歴史を簡単に解説!




 

島津斉彬由来の食べ物


鹿児島といえば、なんといっても「島津氏」ですよね!島津氏は鎌倉時代から江戸時代が終わるまで、改易や断絶もなく同じ土地を同じ領主が治めていた日本でも稀有な家柄です。そういう家柄は他にめったにありません。青森~岩手を治めていた南部氏も同じですね。

参考記事:南部師行や南部晴政を輩出した鎌倉時代から今に続く名門、南部氏にせまる

 

島津氏は猛将として知られる「島津義弘」や中興の祖である「島津忠良」など、幾人もの優秀な人物を輩出している家柄ですが、その中でも幕末の薩摩藩主で非常に優秀な人物こそが「島津斉彬」です。島津斉彬は島津氏第28代当主であり、幕末にあって富国強兵や殖産興業の普及に積極的につとめていた人物として有名ですよね。つまり、先見の明をもっていち早く近代化を成し遂げた人物です。

 

実はこのかるかんは、島津斉彬由来の食べ物とも言われています。藩主の献立にこのかるかんの文字が見られることからも、公式な食べ物として根付いていたのでしょう。何を隠そう、このかるかんの包装紙には島津の家紋である「丸に十の字」が記載されています。いや~島津家の家紋好きなんですよね。しびれます。

img_6282

島津家家紋「丸に十の字」




 

鹿児島ゆえにうまれた食べ物


鹿児島といえばなんといっても「桜島」が有名ですよね。活火山として今もなお噴火活動を続けています。そんな鹿児島の土壌は、桜島の噴火堆積物が降り積もった「シラス台地」が多く占めています。シラス台地は非常に水はけがよく、そのためお米を育てるのには向いていない土壌です。しかしながら、シラス台地で比較的育ちやすいものがあります。それが、「芋類」です。「さつまいも」の「さつま」は「鹿児島」のことですからね。なんたって。

参考記事:さつまいもの歴史は面白い。なぜ「薩摩」の「芋」なのか?その語源と由来について

 

実は、かるかんは原料に「山芋」を使っています。その山芋が鹿児島のシラス台地に自生していたわけですね。それに加えて、奄美諸島や琉球でとれる「砂糖」が距離的に一番近くの鹿児島では入手しやすかった。そのコンビネーションでうまれたのが「かるかん」というわけです。

 

何かがうまれるというのは、何かの要素は必然的に組み合わせられる必要があるのですが、まさにかるかんでいえば、鹿児島のシラス台地が育んだ「山芋」と琉球・奄美でとれる「砂糖」だったんです。それを、体系立てたのが「島津斉彬」というわけです。

 

このような背景にふれつつかるかんを食べると、おいしさやうまみとはまた違う「奥行き」を感じられますよ。ぜひ、普段の生活により色を付け加えてみてください。




にほんブログ村 歴史ブログへ

You may also like...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。