沼津漁港や深海魚水族館だけではない!沼津の魅力は「沼津城」にもあり!

「沼津」といえば何を思い浮かべますか?何を隠そう、駿河湾に面する沼津は日本を代表する「漁港」であり、さらにはシーラカンスで有名な「深海魚水族館」があることでも知られていますよね。はい、多くの人は沼津のイメージ=漁港+深海魚水族館だと思います。

 

しかーし、そこに歴史のエッセンスを加えるとそれだけじゃないんです。というのも、この沼津というのは「沼津城」というものがかつて存在したんです。あまり、沼津に城のイメージはないかと思いますが、それが歴史の面白いところです。歴史は普段気にしなくても、何気ないところに存在するんです。それが歴史の面白いところであり、真髄だと私は思っています。

 

沼津はそのとても良い例なので、今回はそんな沼津城をご紹介したいと思います。




まずは沼津城の位置から


沼津に行ったことある人も、沼津に城なんてみたことない!っていう人が多いと思います。ということで、まずは沼津城の位置からです。どどんっ!沼津城に着いたのが夜なので、写真が鮮明じゃありませんが、悪しからず・・・・

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沼津城地図

沼津城はご覧の通り、沼津駅の南口に居を構えています。けっこう大きいですよね、南口一帯が全てすっぽり入るサイズです。沼津漁港も南口方面ですね。この付近を通ったことがある方はお気づきかと思いますが、地名に「大手町」等昔のなごりが残っているのは、この沼津城があったためです。そういうところからも、何気ない歴史を感じることができます。

 

もちろん、今では本丸や二の丸は存在しておらず、その遺構しかみることはできませんが、ここに立派な城があったんです。では、この沼津城というのはどういう城だったのでしょうか?見ていきましょう。



沼津城はどんな城だったのか?


まず、沼津城は比較的新しい城で1777年に水野氏によって築城されました。1777年というと、城の中でもかなり新しい部類です。とっくに、戦国時代は終わっていますよね。つまり、沼津城は「戦いの城」ではなく、かつでこの地にあった「沼津藩の政庁としての役割を果たすための城」でした。今で言う、県庁や市庁に近いですね。

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沼津城説明板

もともとこの地には「三枚橋城」という城がありました。この沼津という地は漁港にも適しており、またもともと「今川氏」の領地でしたが、今川氏が滅んだ後は「武田氏「北条氏」の国境となったこともあり、たびたび戦乱に巻き込まれた重要拠点だったんです。そんなわけで、この沼津という土地は昔から重要な立地だったんです。

 

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本丸後

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現在は公園となっている

その三枚橋城は戦いとしての機能を終え、江戸時代の平和な世になり、経済拠点の城へと姿を変えたのがこの沼津城だったというわけです。そんな沼津城は現在では公園となり、石碑や説明板が残っているにすぎません。しかしながら、その歴史は姿を変えつつも現在の沼津へと脈々と受け継がれています。

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沼津城本丸跡中央公園

沼津は漁港のイメージゆえ、漁港に立ち寄った後おいしい海鮮を食べて帰ってしまう人も多いかと思いますが、願わくば漁港と共にあった沼津城を一目みて、沼津の歴史そのものを感じてもらえればと思います。沼津駅南口から徒歩5分くらいでつくので、すぐですよ。

 

もちろん、この後おいしい海鮮をいただいたのは言うまでもありません。この、ふとした歴史が良いんです。歴史は、身近なところに存在しているんです。




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