北海道の語源と地名の由来について、五畿七道をもとに簡単に解説

ravenda

このサイトでは今まで関東や関西、九州など日本各地の地名の由来をご紹介してきました。詳しく知りたい方はこちらをご参照ください。さて、今回ご紹介するのは都道府県魅力度ランキングで毎年1位となっているあの都道府県です。そう、「北海道」です!ちなみに最下位は茨城県です。というより、なんでしょうか、このランキングは。

 

北海道ってよく見てみると不思議なんです。まず、「北海」はなんとなく分かりますよね。日本全体でみると北の海にありますから。ですがここで普通こう思うはずです。・・・・・・・「道!???」と。

 

実はこの「北海道」という名づけ方はかなり理にかなったというか、歴史を踏まえたうえでの名づけ方になっているんです。では、さっそく紐解いていきましょう。




 

五畿七道を理解する必要がある


北海道という地名を理解するには、まずは「五畿七道」を理解する必要があります。五畿七道とは日本における「律令制」のもとで定められた「行政区画」です。そして、「律令制」とは簡単にいうと「中央集権的な統治体制の枠組みを定めたもの」です。例えば、法律の制定や税制、単位の統一などですね。日本における律令制は7世紀に中国の律令制をもとに組み立てられていきました。

 

繰り返しになりますが、その律令制の中で定められた行政区画こそが「五畿七道」でした。どういうことかというと、「日本を統治するうえでエリアを区切って統治をしよう」ということですね。そのエリア区分のことを行政区画といいます。

 

百聞は一見に如かず。簡単に図で見てみましょう。

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<五畿七道>

  • 五畿:畿内とも。今で言う京都や大阪の旧五国をさす。国の中心。
  • 西海道:今で言う九州。
  • 南海道:今で言う四国と和歌山、三重にかけて。
  • 山陽道:これは今も山陽といいますね。中国山地から南のことを指します。
  • 山陰道:これも今も山陰といいますよね。中国山地から北のことを指します。
  • 東海道:これも今も東海といいますね。ですが、今より巨大で今で言う三重から茨城までを指します。
  • 中山道:今で言う滋賀県から青森まで。日本の脊梁です。
  • 北陸道:これは全く変わっていません。今で言う福井、富山、石川、新潟の4県ですね。

 

五畿は畿内ともいい、いわば中央集権の帰着地です。そこからそれぞれ地方がエリア区分化されるといった形ですね。五機以外のエリアは全て「道」がついており、それが七個あるので「七道」と呼ばれているわけです。律令制においては、この五畿七道を中心に国づくりが行われました。街道整備なんかももろにそうです。高速道路や新幹線の道も、原型はこの五機七道に沿ってますからね。

 

では北海道は?


先ほどの日本地図で一点おかしなところがありませんか??そう、北海道が無いんです。そもそも北海道は古くから蝦夷とよばれており、日本の一部ではありませんでした。昔から人の交流や貿易は行われておりましたが、あくまでも和人とアイヌ間としての性質の方が強かったんです。

 

本格的な蝦夷の取り込みが始まったのが江戸時代からになります。松前藩が蝦夷の南部の支配権を築いて以降、ロシアとの小競り合いを境に1821年に全蝦夷地が松前藩統治となりました。

 

そして、江戸が終わり明治に入ったばかりの1869年(明治2年)に、律令制である五畿七道にのっとり、「北海道」と名づけられることとなりました。つまり、九州である「西海道」の間逆ということになりますね。そう考えれば、なかなか理にかなった名づけ方といえるでしょう。これを機に、五畿七道ではなく「五畿八道」なんで呼ばれるようにもなりました。

 

今の北海道は、その名残がそのまま残った形なんです。北陸はいまだに北陸と呼ばれていますが、北陸道とは呼ばれていません。そう考えると、北海道は一番新しい律令体制地域区分名として、唯一そのまま呼び名が残っている地名といえますよね。




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