実は日本は古くからの石油産出国だった?日本書紀にある燃ゆる水(臭水)の正体とは!

日本は天然資源に乏しい国とよく言われますが、それは正解であって不正解でもあります。どういうことかと言うと、日本には佐渡の金山もあれば、石見銀山もあります。中でも日本銀は江戸時代には世界を席巻しました。また、石炭もとれますし、石灰もあります。

だいたいの文脈において「天然資源が乏しい」とは「石油などの現在社会でもっともポピュラーでもっともお金になるエネルギー資源が乏しい」という意味で使われます。

 

ですが、です。実は日本は原油産出国でもあり、しかもその歴史は古くから書物にも見られるんです。どういうことか、見ていきましょう!




実は原油を産出している日本


実は日本にも油田が存在し、今もなお原油の産出を行っているんです。では、どれくらいの量だと思いますか???少し古いデータですが、2015年度では「5億7800万リットル」もの原油を産出しているんです。現在稼動している主な油田は以下の通りです。

  • 勇払油田(北海道)
  • 南長岡油田(新潟)
  • 由利原油田(秋田)
  • 岩船沖油田(新潟)
  • 東新潟油田(新潟)
  • 八橋油田(秋田) などなど

ご覧いただくと分かると思いますが、北海道・秋田・新潟の北日本および日本海側に集中しています。先ほど「5億7800万リットルもの原油を産出している」と言いましたが、現代日本の人口やエネルギー消費量からしてみたら全然足りない量なので、海外原油に頼っているのが今の日本の実情です。ですが、もし日本の人口は少なく、エネルギー消費量も前時代的もしくはエネルギー革新によって消費量が少なくなれば、それで事足りる可能性は十分あります。

 

なにが言いたいかというと、日本でもちゃんと原油がとれるんです。日本における需要とその供給量に大いなる乖離があるという前提ですが。ここで大事なのは「日本でも原油が産出されている」ということです。というのも、これから話すお話は日本の原油にかかわる歴史のお話なので笑



日本書記に登場した「燃ゆる水」


まずは情報の整理からです。「日本書紀」とは720年(奈良時代)に完成した日本で最初に作られた公式な歴史書(正史)です。日本神話から歴代天皇のことが書かれているのですが、その中に面白い記述があります。

 

天智天皇の時世、668年7月に越の国、燃ゆる土燃ゆる水を献ず

 

簡単に説明すると、天智天皇は「中臣鎌足と大化の改新を起こした中大兄皇子」です。この名前の方がしっくりきますかね。そして越の国とは「越前・越中・越後」、つまり雑な言い方をすると福井・富山・新潟を「越の国」といいました。その越国から「燃ゆる土と燃える水」が天智天皇に献上されたわけですね。

 

先ほど、現在の日本の原油は北海道・秋田・新潟で多く産出されるといいましたが、まさにこの越の国とは新潟であると考えられています。そう、この「燃ゆる水」こそが、原油そのものなんです。つまり、日本では奈良時代から原油が湧き出していたこととなります。また、この「燃ゆる土」とは天然アスファルトと考えられています。

 

そして、この越の国のどこでとれたか?なんですが、新潟県胎内市=旧黒川村であると考えられています。この「黒川村」とは名前の通り、方々で原油が湧き出しているので、川が黒くにごっていることからその名前が付けられています。まさに地名の由来が歴史的なヒントとなっています。ほぼ解ですね。しかも、旧黒川村では今も毎年7月1日に「燃水祭」が開催され、昔ながらの方法で採取した原油を清めた後、天智天皇が祭られている近江神宮に運ばれ、献上されるみたいですよ。こういう歴史を行事として大切にしていくことはとても良いことだと思います。

 

ともあれ、なんと奈良時代の書物の中に既に原油が登場していたんです。

 

江戸時代には「臭水(くそうず)」と呼ばれていた


そして江戸時代になると行灯が普及し、火の活用がより一般的になります。またほんの一部ですが、海外からはランプなどが輸入されはじめます。そのため、ことさらこの原油が注目されはじめます。江戸時代になると「燃ゆる水」ではなく「臭水(くそうず)」と呼ばれるようになります。たしかに、原油臭いですもんね。いや、正式に原油を嗅いだことはないですが、ガソリンスタンドでさえ石油臭しますもんね。そこから、想像は難しくないでしょう。

 

今でこそ「日本は石油がとれない!!エネルギー貧困国だ!!!」と言われていますが、たしかに需要と供給面からみるとそうです。しかしながら、歴史的な観点でみると、実は原油先進国だったことに気付かされます。燃水祭に参加した際はレポします。




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