武田氏滅亡のきっかけにもなった小山田氏の岩殿山城は立地最強の堅城だった!

やっといけましたよ、「岩殿山城」!家から近いという理由と、岩殿山城のある大月は甲府に行く際に素通りしてしまうことから、からなかなか訪れませんでしたが、子どもの頃からの念願がついに叶いました。

ということで、さっそくレビューしたいと思います!




岩殿山城の基礎知識


「岩殿山城」は山梨県大月市の「岩殿山」にある、名前の通り「the 山城」です。バリバリの戦闘用要塞ですね。岩殿山城を知るには岩殿山城およびこの大月付近を治めていた「小山田氏」を知る必要があります。

 

この「小山田氏」は代々この大月付近を治めていた地方勢力で、甲府を治めていた「武田氏」とドンバチしている関係にありました。ところが、「武田信玄」の父である「武田信虎」の時代に小山田氏は武田氏に帰属することとなり、その関係は「武田信玄」、そしてその子の「武田勝頼」の時代へ続きます。

 

武田勝頼の時代となり、武田氏はじょじょにその勢力が衰えていきます。「長篠の戦い」は特に有名ですよね。織田・徳川連合軍の前に武田勝頼は破れ、武田氏の重臣の多くがこの戦いで命を落とします。そこから、武田氏の雲行きは怪しくなっていきます。

 

そして、ついに織田軍が甲府へ攻め込んできます(甲州征伐)。武田勝頼は西から織田軍が攻めてくるため、東へ逃げます。つまり、岩殿山城のある大月方面です。当時の小山田家当主である「小山田信茂」は武田勝頼に対して「迎え入れる準備をします」と言いながら、いざ武田勝頼が大月付近にたどり着くと、岩殿山城への入城を拒否します。つまり、織田方へ寝返ったわけです。

 

そして、最終的に武田勝頼は「天目山」で自害。武田勝頼は武田氏20代目当主でしたが、その源氏の名家がここで幕を閉じることとなります。

 

一方、勝頼を裏切った小山田信茂は織田方に味方したため、安堵を保証してもらうために出頭しますが、織田方は勝頼を裏切った不忠をとがめられ、「甲斐善光寺」にて処刑されます。

 

そう、岩殿山城は武田家滅亡のきっかけともなった城でもあるんです。このストーリー無しに、岩殿山城は語れません。少し長いですが、ここまでが岩殿山城の基礎知識となります。いや、これくらいはやはり必要ですね。岩殿山城に訪れる方は知っていてほしいです。

 

驚くべきは抜群の立地!


このサイトで何回も書いていますが、昔の人の地理感覚は素晴らしいですね。まず、岩殿山城の位置を見てみましょう。

マクロの視点で見てみると、この岩殿山城のある大月は「甲府盆地」「関東平野」の境にあります。つまり、関東から甲府へ、また甲府から関東へ行く際は必ずここを通ります。というのも、現在この大月を通っている「国道20号」というのはまたの名を「甲州街道」といいます。武田軍が関東を攻める際は必ずこの甲州街道を通りました。実際に八王子を攻めていますからね。また、逆もしかりで関東の北条軍が攻めてくる時もこの大月で食い止めることができます。

 

そして、ミクロの視点で見てみると、城の南側には「桂川」が、東側には「葛野川」が流れており、天然の堀を形成しています。また、岩殿山の高さは634メートルと東京スカイツリーの同じ高さであり、しかもかなりの急勾配です。実際登ってみましたが、半端ないですよ。「ここ以外ないよね!」という場所にまさに築かれた城、それこそが岩殿山城です。いやぁ、さすがです!




さっそく、攻めてみよう!


岩殿山城へのアクセスはJR大月駅から歩くか、市営の無料駐車場を使うかのどちらかです。駅からも近いですが、駐車場が便利ですよ。ただし、数台しか止められないので、満車になる可能性もあるので悪しからず。では、いってみましょう!

 

さっそく、入り口が見えてきました。この時点でかなりの岩感がにじみでちゃってますよね。

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岩殿山城跡入り口

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門構え

 

ちなみに、ここ岩殿山からはめちゃくちゃ綺麗に富士山が見えるんです!ちょうど富士山が見えるように山が避けてくれたような地形をしています。この日はちょうど晴れていたので、富士山を拝むことができました!

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富士山with説明書

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富士山ソロ

序盤でこれです。なかなかの急勾配ですよ。これ、甲冑着て登るとか、無理ゲーです・・・

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なかなかの急勾配

ちなみに、左側が関東方面となります。先ほどの富士山の右側が甲府方面です関東方面と甲府方面はまた山が深くなるのがお分かりになりますでしょうか?つまり、この大月は中間ポイントの平野となるんです。そういう意味でも、この立地に城があるのはとても重要なポイントです。また、障害物も無く見通しが良いので、行軍が丸分かりですよね。いやぁ、素晴らしい!

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抜群の見通し

途中に資料館があります。ここが、山頂までの間の最終トイレポイントになるので注意が必要です。

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資料館もある

岩殿山の山頂が見えてきました!!!が、しかしここでショッキングな出来事が・・・岩殿山への山頂ルートが崩落等により通行止めとなっていました・・ぜひ山頂を拝みたかったのですが(別ルートではいけるらしいですが)、後続スケがあるため断腸の思いで山頂を拝みつつ、岩殿山城を後にしました。

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岩殿山山頂

武田氏滅亡の歴史と抜群の立地、その二つが濃く混ざり合っているのがこの岩殿山城です。中央自動車道を使う方はぜひ大月で一度降りて、岩殿山城へ訪れてみてください。また、その際には小山田氏と武田氏の歴史を頭に入れていくと、また感慨深いものがありますよ。




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