秋田のお殿様も入った乳頭温泉郷「鶴の湯」の歴史を簡単に解説

秋田旅行編です。前記事で「ババヘラ」に出会ったことを書きましたが、そのババヘラに出会ったのが「乳頭温泉郷」「田沢湖」の間あたりでした。

前記事:秋田で「ババヘラ」を見たら必ず食すべし!ババヘラの意味と歴史を簡単に解説

 

もともと旅行をしていた青森から秋田へ南下してきていたのですが、その目的の一つが全国屈指の知名度と温泉の質を誇る「乳頭温泉郷」です。これはもう、温泉ソムリエとしては入らないわけにはいきません。

 

その乳頭温泉郷の中の一つに「鶴の湯温泉」があります。この鶴の湯温泉はテレビや雑誌でも頻繁に登場する鶴の湯温泉郷のまさに筆頭格と言っても過言ではありません。

 

実はこの鶴の湯温泉、「秋田の殿様も入ったことがある」と言われるのですが、ご存じでしょうか?乳頭温泉を紹介する温泉サイトは五万とあるので、ここではその「鶴の湯の独特の歴史」の観点からご紹介したいと思います。




乳頭温泉郷とは


まず、「乳頭温泉郷」の簡単な基礎知識からお伝えします。まずは、乳頭温泉郷の位置を把握しましょう。乳頭温泉は秋田県と岩手県のほぼ境に位置します。最寄り駅は「田沢湖駅」で秋田新幹線の停車駅となります。秋田新幹線は在来線の路線をそのまま走るため、秋田駅までは田沢湖線~奥羽本線をそのまま使用することとなります。

 

ちなみに「田沢湖駅」の次は「みちのくの小京都」と呼ばれる「角館駅」「日本三大花火大会」の一つである花火で有名な「大曲駅」、そして終点「秋田駅」とどれも大粒揃いの駅に止まるので、なんというか、もう最高ですよ。

乳頭温泉郷は「郷」と言うだけあり、複数の温泉の集合体となっています。どれも、温泉業界では抜群の有名度を誇っています。ちなみに、乳頭温泉郷には「湯めぐり手帳」があるため、全ての湯を巡ることができます。ですが、全て回ろうとすると循環バスもありますが本数がそんなにないので、車がないとちときついかもしれません。

<乳頭温泉郷の構成温泉>

  • 鶴の湯温泉
  • 大釜温泉
  • 妙乃湯温泉
  • 蟹場温泉
  • 孫六温泉
  • 黒湯温泉
  • 一本松温泉
  • 休暇村乳頭温泉郷

もちろん、私はすべて制覇しました。これは、温泉ソムリエとしての宿命ですね。

全ての温泉で温泉の質や温度が異なるのですが、割合的には乳白色の温泉が多いです。

tsuru5

鶴の湯温泉露天風呂

いや~、温泉の質は東北、特に乳頭温泉にはかないませんね。関東の多くの温泉が「ただのお湯レベル」に感じてしまうほど、質が高いです(本当はそんなことがありませんが、それだけ錯覚します)。

 

鶴の湯温泉の格は抜群


さて、鶴の湯温泉に話を戻します。乳頭温泉郷の中でも鶴の湯温泉の格は抜群です。まずは、見てください、この門構え!映画村さながらです。雪解け後に行くと、大量の「水芭蕉」が群生していてとても綺麗なんですよ。

tsuru4

鶴の湯温泉の門前

鶴の湯温泉は「日本秘湯を守る会」の会員宿でもあり、もちろん泊まることもできますが、超人気なのでなかなか予約を取ることができません。

 

tsuru2

説明書

そして、歴史を特に感じられるのが、こちらです。どどんっ!

tsuru3

本陣

なんと、「本陣」の文字が!「本陣」とは一般的に、お殿様や位の高い人が居座ったり宿泊したりする場所のことを言います。この時点で、なにやら格式を感じます。

 

ここからどんどん鶴の湯の歴史に踏み込んでいきますよ。

 

鶴の湯温泉の歴史


鶴の湯はもともと江戸時代に開湯されたといわれており、開湯当初は「田沢の湯」と言われていました。田沢湖が近くにありますしね。江戸時代の「秋田藩(久保田藩)」の藩主(お殿様)と言えば、言わずとしれた「佐竹氏」です。

 

佐竹氏は鎌倉時代前より続く源氏の名族であり、もともとは「常陸(茨城県)」を所領としていましたが、1600年の「関ヶ原の戦い」で勝者の「東軍(徳川家康側)」ではなく、敗者の「西軍(石田三成側)」に味方をしたため、戦後処理で「常陸(茨城)」から「出羽(秋田)」へ鞍替えとなります。いってみれば「左遷」ですね。

 

その時の当主が佐竹氏19第当主であり、初代秋田藩主である「佐竹義宣(よしのぶ)」です。この人物が現在の秋田の基礎と作り上げていきました。

 

そして秋田藩2代目の「佐竹義隆」がこの鶴の湯に湯治に来てから、鶴の湯温泉には歴代藩主がたびたび訪れるようになったと言われています。そして、先ほどの「陣屋」は藩主の「警護番」として使われていたようです。

tsuru1

江戸時代にタイムスリップしたかのよう

もともとは「田沢の湯」でしたが、1708年に鶴が傷を癒している所をマタギ(主に日本の東北地方の伝統的な猟師)によって発見されたことから、「鶴の湯」と言われるようになりました。

 

そして、何よりも驚きなのが現在の秋田県知事は「佐竹 敬久(ひさのり)」知事です(2022年現在)。ここで、勘のいい人はこう思うはずです。「あれっ?秋田藩主の佐竹と同じじゃん!」と!

 

そう、まさしく「同じ」なんです!笑 現佐竹知事は佐竹一族の末裔なんです。つまり江戸時代も令和の時代も秋田県のお殿様は「佐竹氏」なんです。これは、歴史を感じざるを得ません。きっと、県知事も鶴の湯に入りにきていることでしょう。

 

お湯は言うまでもなく超弩級であり、夜に入ると澄み渡った星空ときれいな虫の音を感じられ、この世のものとは思えないですよ。もちろん、鶴の湯に入りながらそのような歴史のロマンを感じていたことは言うまでもありません。まさに、至福の時でした。




にほんブログ村 歴史ブログへ

You may also like...