みなかみ温泉から谷川温泉の道中で、上杉憲政の井戸跡に出会った話

小ネタですが、個人的にかなり感動した話です。私は「みなかみ温泉」がかなり好きでよく訪れるのですが、「みなかみ温泉」の隣に「谷川温泉」という温泉があります。「谷川岳」でも有名ですよね。その道中、とある歴史との出会いをしてしまいました!旅先で意図せず出会う歴史ほど嬉しいものはありません。特に観光スポット等になってはいませんが、私は思わず車を止め、写真をパシャリ。いや~感動しましたね。本日はそのお話です。




 

なんと、上杉憲政の井戸だった!


そこで出会ったのが、なんと「上杉憲政の井戸」でした!こちらです、どどんっ!

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憲政の井戸跡

ここなんですが、本当に駐車場も何も無く、道沿にこの看板が出てきたので、急いで止めました。運転しながら「憲政」と「みなかみ温泉の位置」を考えると「上杉憲政しかいない!!!」と思った私は、この説明書を見たときに、思わず「ビンゴ!!」と心の中で叫びました。

 

では、なぜ感動ポイントなのかを簡単にお伝えします。

 

上杉憲政とは?


そもそも「上杉氏」は、藤原家の流れを汲む名門で、室町時代には「越後(新潟)・上野(群馬)・武蔵(東京/埼玉)・相模(神奈川)」「守護(都道府県知事のようなものと思ってください)」を務め、さらに上杉氏は室町時代以降代々「関東管領」という職にもついていました。関東管領とは、「室町幕府が設置した鎌倉府の長官である鎌倉公方を補佐するために設置された役職」です。また、室町時代をひらいた「足利尊氏」の母は上杉氏出身です。それくらい、上杉氏は名家なんです。

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憲政の井戸跡

 

上杉憲政はその上杉氏であり、関東管領でもありました。時代的には「武田信玄」「上杉謙信」の時代です。世の中は戦国時代に突入し、代々続いた「関東管領」という職も名ばかりになり、上野(群馬)にいた上杉憲政は関東一円を支配下に治めようとする「北条氏」に敗れ、「越後」の「長尾家」の元へ逃げます。

 

実は、その時越後へ逃げる際に使用した井戸がこの「上杉憲政の井戸」というわけです。この井戸一つには、そんな歴史が包含されているんです。




 

上杉謙信の誕生


誰もが知る、越後の英雄「上杉謙信」「武田信玄」と戦った「川中島の戦い」は知らない人はいないですよね。そんな上杉謙信ですが、旧名を「長尾景虎」といいました。「上杉憲政」は越後の「長尾景虎」を頼り、越後へ逃げてきます。ここで、上杉憲政は長尾景虎に対し、「関東管領」のみならず、「上杉」の家督もすべて譲ってしまうんです。こうして、「長尾景虎→上杉謙信」が誕生したんです。

 

「上杉憲政の井戸」には実はこんな背景もあるんです。これで、少しは私がこの井戸を見て感動したことが伝わると良いのですが・・・笑

 

そして、素晴らしい谷川岳を望みながら、谷川温泉を満喫したことは、言うまでもありません。

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谷川岳

この、「湯テルメ・谷川」の温泉は素晴らしいですよ。露天風呂もさることながら、内湯のぬる湯が最高です。ぜひ、みなかみを訪れる際は、上杉憲政の井戸と谷川温泉を満喫してみてください。

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湯テルメ・谷川




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