天下三名槍の「蜻蛉切」「日本号」「御手杵」とはどんな槍か?簡単に解説!

前記事で「妖刀村正」について書きました。日本刀には「虎徹」や「菊一文字」等、名刀とよばれるものがたくさんありますが、「名品」と呼ばれるものはなにも「刀」だけじゃないんです。実は「槍」にも「名槍」と呼ばれているものがあり、その中でも特に日本で有名な3つの槍を「天下三名槍」と言います。いや~日本人は好きですよね!「四大○○」や「三大○○」というのが!

参考記事:徳川家康も恐れた妖刀「村正」とは、どのような刀だったのか?

 

その「三大○○」に見事にのっかってしまいますが、刀と比べてあまり日の目を浴びない「槍」についてフューチャリングしていきます。と、いうことで、この「天下三名槍」について簡単に解説します!




圧倒的な知名度の「蜻蛉切」


まずは、なんといってもこれでしょう、「蜻蛉切(とんぼぎり)」!天下三名槍の中では圧倒的に有名かと思います。というのも、この槍の使い手は徳川家康の四天王であり、「家康に過ぎたるもの」といわれたあの「本多忠勝」です。「真田信幸」の義理の父であり、「稲姫」の父でもある本多忠勝は、とんでもない豪傑・勇将として知られています。戦国無双系のゲームでも、この本多忠勝が登場すると音楽が変わり、その強いのなんの・・・・ゲーム中でも最強の武器の一つとして「蜻蛉切」が登場することからも、その知名度の高さが伺えます。

 

そして「蜻蛉切」というネーミング、非常に面白いですよね。これは、本多忠勝が戦場でこの槍を立てていたところ、そこに飛んできた蜻蛉が真っ二つに切れてしまったことから名づけられています。蜻蛉さん、南無・・・ちなみに、この槍の作者は三河文珠派の刀工・藤原正真です。かなり有名な刀工なんですよ。

 

現在、この蜻蛉切は個人が所有しているため(特別展示の時以外)見ることができませんが、私は昔「岡崎城」を訪れた時に岡崎城内にある「三河武士のやかた家康館」にてレプリカを見たことがあります。まさか岡崎城で蜻蛉切のレプリカを見ることができるとは思っていなかった私は、大大大興奮した記憶があります!そのでかいのなんの・・・・思わず笑ってしまいますよ笑

 

福島正則、母里太兵衛の「日本号」


次に「日本号」です。この日本号の特徴は、「所有者がころころ変わっている」ことなんです。もともとは皇室(天皇家)が所有していましたが、室町時代に「正親町天皇」から室町幕府15代将軍である「足利義昭」に下賜されます。その後、「足利義昭」→「織田信長」→「豊臣秀吉」→「福島正則」とどんどん所有者が変わっていきます。

 

最後に、「福島正則」→「母里太兵衛」へと所有がうつりますが、この話がまた有名な話なんです。「福島正則」は豊臣秀吉の家臣であり、「母里太兵衛」はこれまた豊臣秀吉の家臣である「黒田官兵衛(大河ドラマにもなりましたね)」の家臣です。ある時、母里太兵衛が黒田官兵衛の代理として福島正則邸を訪れた時、福島正則は母里太兵衛に酒を強要します。というのも、母里太兵衛は酒豪で知られていたんです。しかしながら、母里太兵衛は正式な使いとしてやってきているので、これを固辞します。よくできた家臣ですよね。

 

すると、福島正則は「黒田家には豪傑はおらぬ」と言い放ちます。現代社会でいえば、酒を強要したうえで、拒否されたら罵倒する。完全なコンプライアンス違反ですよね笑 さらに、福島正則は大杯に酒を注ぎ「飲め。これをすべて飲めば欲しいものやろう」と言い放ちます。さらなる強要です。

 

すると、黒田家の面子や「欲しいものをやろう」というワードに触れた母里太兵衛はなんとその大杯の酒を一気に飲み干してしまいます。そして、こういいます。「日本号を所望」と!!福島正則は非常にくやしがりますが、「武士に二言は無い」ということで日本号を母里太兵衛に譲ります。この話は「黒田節」という歌をもって福岡藩の武士が歌い語り、現代にまでいたることとなります。

 

この日本号は現在、福岡市博物館の所蔵品として常設展示されています。




唯一失われた御手杵


最後に、「御手杵(おてぎね)」です。御手杵は室町時代に下総国の大名である「結城晴朝」が作らせたものです。この結城氏というのは古くからの名家であり、徳川家康の次男である「徳川秀康」はこの結城晴朝の養子となり、「結城秀康」となります。この御手杵も「結城晴朝」→「結城秀康」へと受け継がれていきます。

 

この御手杵の特徴はなんといっても、その「大きさ・重さ」です。言葉ではなかなか伝わりづらいのですが、この「手杵」とは、中央がくぼんでいて、その両端が膨らんだような形状をしています。その長さはなんと150cm、直径45cm、重さはなんと22.5kgもあったといいます。普通の人では到底扱えないものですよね。こんなものを戦場でもっていたら、弓や銃のえじきになってしまうのもいいところです。目立ちすぎるうえに、動けません。

 

残念ながらこの御手杵は東京大空襲によって焼失してしまい、天下三名槍の中では唯一現存しない槍なんです。こんなど迫力のある槍を一目見てみたかったですが・・・・これも歴史です。仕方ありませんね。

 

個人的なおすすめはやはり蜻蛉切です。岡崎城見学と同時にみれるのもまた良いんですよね。以上、天下三名槍をご紹介しましたが、どうしても「刀」の影に隠れてしまう「槍」。この魅力的なエピソードとともに、ぜひ機会があればご覧いただきたいです。




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