【大河ドラマ おんな城主直虎】桶狭間の戦いにみる、信長奇襲戦のすごさ

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家族ドラマの様相を呈している「大河ドラマ おんな城主直虎」。なかなか歴史的なストーリーが進まない中、いよいよ一つの歴史の転換点を迎えます。それが、「桶狭間の戦い」です。

桶狭間の戦いは日本の戦国史史上の中でももっとも有名な戦の一つで、教科書にも必ずのっていますよね。

この桶狭間の戦いがすごいといわれている所以は、見事なまでの「奇襲戦」であったからです。

三大奇襲戦の一つとされている桶狭間の戦い、そのすごさを見ていきたいと思います。

 

<大河ドラマ参考記事>

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桶狭間の戦いの概要


まずは広い基礎情報です。桶狭間の戦いとは、駿河(今で言う静岡県)の大名である今川義元と尾張(今で言う愛知県)の大名である織田信長との戦いです。1560年のことでした。

なぜこの戦いが勃発したかというと、「今川義元の上洛」が端を発しています。「上洛」とは簡単にいうと京都へ赴き朝廷(天皇)へ謁見することです。それにより、名声や朝廷からの錦の御旗などを得られるというわけです。なのでこの時代の大名達は上洛を時と場合によって目指していました。織田信長や上杉謙信も上洛を果たすこととなります。武田信玄もですね(彼は上洛中に亡くなってしまいましたが)。

少し脱線しましたが、今川義元が京都へ向かう(上洛)途中、いわば敵国を通るわけです。今川領から京都を目指す場合の第一の敵国は尾張の国でした。そこに、今川義元と織田信長の戦いが勃発するわけですね。

 

そして結末は、織田信長の勝利。今川義元の首はとられ、名門今川家はここから没落の道を辿ることとなります。では、順を追って、桶狭間の戦いのすごさをみていきたいと思います。

 

圧倒的な兵力の差


この戦い、まずすごいのが「兵力の差」です。今川軍の約3万~4万に対し、織田軍は約3千~5千です。そう、約十分の一の相手に、信長は勝ったということとなります。この頃の信長は弱小大名であり、有名度でいっても今川家の方が圧倒的でした。将軍足利家の分家であるため、名門家でもありますからね、今川家は。

兵力だけが全てではありませんが、兵力は合戦における重要な勝敗を分ける要素の一つです。しかも、十倍以上の敵に対して勝つことは稀です。

相対する敵の数が多いときに勝敗を分けるのは、その「戦略」となります。ここで、信長がとった戦略が重要となるわけです。自分ならどうするか、信長の立場になって考えると臨場感が沸きますよ。

 

篭城ではなく奇襲を選択


さっそく家臣たちは信長に対して「篭城策」をもちかけます。篭城とは文字通り城にこもって戦うことですが、兵法上、篭城した敵を落とすには、十倍の兵力が必要言われています。

つまり、兵力の差からみても、兵法通りに戦うのであれば、信長は篭城策しかありませんでした。

しかし、ここで信長の英断と機知が発揮されます。なんと、信長が選択した戦略は篭城戦ではなく、「打って出る」ことでした。しかも、乾坤一擲の「奇襲」です。

簡単にいってしまえば、「敵大将の本陣に突撃し、大将の首をとっちまえ。そうしたら勝ちだ」というわけです。

 

信長のすごさはここにある


奇襲とは簡単にいったものの、奇襲というのは成功確立は低いんです。そもそも少数で多数の敵陣に突撃していくわけですから、簡単に言ってしまえば自殺行為に等しいんです。

しかし、信長は違いました。実は、信長は奇襲が成功する確信がもてていたからこそ、奇襲を実行・成功させました。信長は計算しつくしていたんです。

<信長奇襲成功の要因>

  • 敵陣が奇襲に弱い陣であることを読み取っていた
  • 敵陣が勝利に浮き足立っているのを知っていた

桶狭間の戦いにおける信長の勝因は個人的に「情報」だと思っています。

 

信長は多くの斥候を放ち、今川陣の様子をつぶさに観察していました。そして、二つのことに気づきました。

今川家が縦に長い陣立てであること。これは、桶狭間の地形にも関係しますが、縦に伸びきっていたんです。縦に長い陣は横からの攻撃に非常にもろいんです。つまり、奇襲がしやすいということとなります。

そして、今川家は初戦で織田軍の砦を次々と落としていました。そのため、弱小大名である織田家を侮り、祝杯をあげていたといわれています。つまり、織田家は篭城戦をするであろうと思っており、奇襲における戦の準備など全くしてなかったことになります。

 

こうして、信長は鮮やかなまでの勝利を収め、天下布武への道をつきすすむこととなります。

信長の常識を常識としない発想(少数だから篭城だと決め付けない)と情報戦に勝利したことこそが、信長の勝因だと思います。

さて、大河ドラマ おんな城主直虎ではどのように描かれるのでしょうか??市川海老蔵が演じる織田信長にも注目です。

 

余談ですが、私は桶狭間古戦場を実際に訪れたことがあります。地形をみて、なるほどと思いました。見通しがわるく、狭間といわれるのが分かる地形でした。守りに適しておらず、攻めに適しているこの地にある、今川義元のお墓にそっと手を合わせてきたのはいうまでもありません。




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2件のフィードバック

  1. 2017年3月8日

    […] 参考記事:【大河ドラマ おんな城主直虎】桶狭間の戦いにみる、信長奇襲戦のすごさ […]

  2. 2017年3月10日

    […] 【大河ドラマ おんな城主直虎】桶狭間の戦いにみる、信長奇襲戦のすごさ […]

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